よくかんでたべること

そのままのみこまずに、ね。

やっと言葉を紡ぎ出せるようになったら生きるのが楽になったという話

身の上話で恐縮ですが、私の年齢は今年で年代が変わります。
寿命が80年だとするとちょうど折り返しですが、早まることもあるでしょうから、後半にいることは間違いないですね。
そう思うと自分のこれまでをきちんと振り返りたい気持ちが強くなりました。
そんな時にちょうどこちらの記事がホットエントリに上がってました。

私も「自分の考えがない」人間でした。自分の意見はないのかと友人や先生たちをどれだけ苛立たせていたか。
そのくせ頭の中で思い浮かべることが定まらず、その場にふさわしい振る舞いがわからないという悪癖もあったため、人との会話も噛み合わないし意を汲み取るなんて不可能で文章を書くなんてもってのほか。社会で生きていくには相当残念な状態でした。とにかく摩擦を起こしたくないとばかりに緊張すればするほど空回りしていた頃がありました。

そんな自分が言葉を紡ぎ出しはじめた場がtwitterでした。

登録したのは2008年。最初は何を書いて良いのやらさっぱりわからず1年は放置していましたが、きっかけがあって、なんとなくお腹が減ったとか食べたいものだとか思いついたこととか愚痴とかボツボツ吐き出すようになりました。誰かに他愛もないことに反応してもらえるのもとてもうれしかった。
最初は自分の発言しかなかった自分のタイムライン上は、フォロー数が増えるにつれて未知の情報や有益な情報をリアルタイムで表示されるようになりました。
流れ行く生の言葉にたくさん触れるようになり、自分も言葉を発する機会が増えるなんて、これまでは考えられないことでした。

さらに相乗効果があったのは、それまで言葉にすることすらできなかった表現を目にするようになり、そうかあれはそういうことだったのかと気づいたり学んだりできたこと。また、twitterでの価値観がすべてではないのですが、いわゆる世間一般の考え方やベターな振る舞い方を知ることができるようになったこと。
次第にtwitterから字数が増えブログを読むようになり、実際に人と合って話をするようになり、見知らぬ集団にとびこんだり、こうしてブログを書くようになり、と少しづつではありますが自分の行動も変化していきました。
それから「なぜ」を発することができるようになり見違えるように世界が変わったのですが、またそれは別のお話。

  • 「言語化する訓練」を積み重ねることで、やっと言葉を紡ぎ出せるようになりました。
  • すると泥沼のように思えていた「考えがない状態」は言葉を使うことで形になりそうなことがわかりました。
  • そして他の人が紡ぎだす言葉をストックすることで丸腰で社会に放り出されるような恐怖感はなくなりました。
  • それを借用することで表現に困らなくなりました。
  • 相手が言いたいことも汲み取れるようになってきました。
  • 昔に比べると度胸がつきました。
  • 生きるのが楽になりました。

というように、こんなおばさんでも亀の歩みを進めています。もっともっと上手に言葉を使えるようになって生きる場所を広げ続けたいと思っています。