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よくかんでたべること

そのままのみこまずに、ね。

祖母と母とわたしと

学ぶことへの畏敬の念を教えてくれたのは祖母だった。その祖母が先日、あの世へ旅立った。

見送ったのがまだ実感が湧かない。
実際のところ、葬儀中も憎まれ口を叩きながらひょっこりどこかから現れそうだったし、私がお別れの言葉で下手をこいたら怒って起き上がりそうな気もした。
弟も従妹も、そして母も同じようなことを言っていた。
参加している人が「○○(祖母の名前)さんだったらこう言うんだろうね〜」と言って笑い合っていた。
とにかく強烈な個性を持つ人だったので、自分の葬儀でも圧倒的な存在感を放っていた。

葬儀でお別れの言葉を述べてくださったかた、そして同じく言葉を述べたいとこたちの話でも、祖母の教育熱心さが必ずエピソードに登場した。
それを聞くたびに祖母の声や毒舌口調が生き生きと蘇ってくる。おばあちゃんは心の中で生きているんだな、としみじみ思った。

祖母が倒れて介護に来ていた母と一ヶ月強一緒に過ごした。
今まで詳しく語られなかった生い立ちや、育った家庭環境の雰囲気、個性的な祖母との反発、結婚後の苦労、介護ばなしなど、たくさん話を聞かせてもらった。
母は今まで多くのことを溜め込みすぎたので、聞き役に回りひたすら吐き出させよう、否定しないように話をとぎらせないように、そしてまるごと引き受けようと決意して望んだ。高校から家を離れたというのは言い訳で、今までそれがきっちりできなかった罪滅ぼしになればいいなと思う。

先日、葬儀も残務も終えた母と少しぜいたくなランチを食べに行った。
それまでは母中心の話だったが、この時は祖母が60代から70代にかけての思い出話をした。
最近のしんどい様子が鮮明だったからつい忘れていたが、そういえばその時期は

・スクーターを愛用していたが怪我をしてから止めた
・叔父が操縦する飛行機に乗って喜んでいた
・大型バイクの後ろに乗せてもらってさすがに怖がっていたくせに強がっていた
・仕事を精力的にこなしていた
・偏食が治ったのは米寿を過ぎてから
などなど、好奇心旺盛だったり、元気すぎてトホホな話も登場した。

二人で顔を見合わせて笑い合ったあとに一息ついてから
「あの元気な血統なのだから、私も負けていられないわね。だから自分のために何か新しいことをはじめようと思うの。」
と母が言った。
「おお、いいねえ。何ごともはじめるのに遅すぎることはない。」
思わずそんな言葉が口から出てきた。いろいろな思いが去来して心がズキンとしたけど、母の顔を見たらうれしそうにしてくれているので、慌てて
「応援する。私もがんばる。」
と付け加えた。

母は任務を終えて、無事に実家へ戻った。私も日常に戻った。