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よくかんでたべること

そのままのみこまずに、ね。

シスターコリータ

暮しの手帖2010年夏号ですてきな記事を発見した。
偉大なる修道女アーティスト、シスターコリータについてだ。
https://corita.org/
ベトナムの反戦メッセージのポスターといえば、彼女の作品が登場するほどだそうだ。

文字自体がアートとは、初代編集長の花森さんをちょっと彷彿させる。
大胆な色使いとシンプルな構造、そして心を打つメッセージ。
これが聖職者の作品?と偏った印象を持った私は興味深く記事を読んでみた。

シスターコリータは高校卒業後に修道院に入り、修道院が運営する大学で教育学を学んだ。卒業後に小学校で家庭科を教えていたそうだが、この大学が美術学部が新設されたことがきっかけで、教壇に立ちながらも美術を修めることになったらしい。
22年間教師をしながら創作を続けていたそうだが、創作活動に専念するのは夏休みの限られた時間のみ。依頼された仕事は生徒との共同作業にしていて、報酬もみんなで分け合ったという。
彼女から生徒に出される課題は100枚単位のものすごい量だが、これは単体の課題に執着してプレッシャーを感じずに作業に没頭できるようにとの意図があったらしい。教師としてこの課題に目を通すだけでも仕事量が半端じゃないだろうから、本当に教師として多忙を極めていたと想像する。

かっこいいぜ・・・。

シスターコリータがよく口にしていた言葉は「自分が顕微鏡になったと思いなさい」。全体ではなく部分を見るよう勧めたそうだ。カメラのファインダーや、厚紙をくりぬいたフレーム越しに。
他にもステキな教えがあるのだけど、感極まりすぎて記事を丸写ししかねないので、興味のある方は暮しの手帖2010年夏号をご覧ください。

「全体ではなく部分を見る」という記事の中の一文に視点が到達したとたん「これこれこれ!」と心の中で叫んでしまった。
こんな流れで自分の話に持っていくのは大変恐縮なのですが(ここで敬語)、ここのところデザインの本を読んでいて "デザインとは作者の意図する秩序" というものを知ってから、視点が大きく変わった体験をしたからだ。ちょっと遅かったかな・・・。
ぼんやりと見過ごしていたものたちが、実は秩序で統制されていると知ったとたん、文字の色、配置、素材、光沢など、あれこれ興味を持たずにはいられなくなってしまった。
カメラもうまくないけど、ファインダー越しの景色にいつも恋みたいに(苦笑)ドキドキするのは、切り取られた世界に没頭する許可を神から与えられているのではないかとか、頭の中で勝手に暴走が始まってしまったのでここで打ち切ります。失礼しました。

最後に、シスターコリータの言葉でびしっと締めよう。
「もしアートに目的があるとしたら、それは人々が見逃しているものに注意を喚起することです」

「注意を喚起」とはなんだかUXに通じそうな言葉だ。
ひとりひとりの経験や意識をもってしてひとつのメッセージまたは目的に集めるには、まずは物事を細かく見てみようというメッセージなのかな。また妄想が始まりそうなので、おしまい。

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