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よくかんでたべること

そのままのみこまずに、ね。

ゴールデンウイーク中に読んだ本あれこれ

今回の長期休暇中はできるだけ業務から離れようと、別なジャンルの本を数冊手に取った。

まず、高峰秀子の捨てられない荷物。高峰秀子さんを、渡世日記以外の別の切り口で知りたい人には興味深いと思う。私には筆者と松山高峰夫妻との距離感の取り方がちょっと理解に苦しむが、だからこそ深く関わってあの作品に結実できたのだなということで、とどめておく。

次に、辰巳浜子さんのいのちのスープと料理歳時記。
料理歳時記の「かくし味」にあった、「(食事を作ることの積み重ねを)祖母、母から受け継ぎ、また自分の時代に更新させること」お恥ずかしながらここまで真剣に考えたことはなくて、台所を預かる者としてのやりがい、喜び、使命感を痛感して、自省を促されて背筋が伸びる思いだった。。。ふらふらしていてすみませんと謝りたくなるけど、それは使い方が間違っていますね。
食べること生きることへの感謝はおろそかにしてはならんと改めて思い直した。また玄米のスープ作って元気を出そう。

今回のハイライトは、辻留懐石傳書。全7巻あり、ボリュームは百科事典のよう。何かのきっかけで知って、中古で手に入れた。熟読は老後の楽しみにとっておこうと本棚の奥に仕舞い込んでいたが、長期休暇をきっかけに引っぱり出した。
7巻がきっちり収まる専用の外枠、頑丈なカバー、名だたる芸術家が表紙や前書きにさらりと登場するあたり、相当敷居が高く尻込みしてしまうが、中を開くとこれがまた圧巻である。
料理の美しさだけでもただただため息が出るが、器の絢爛さ、辻嘉一さんの料理に対する熱意と緻密に培ってきた経験と知識が流れるような文体で押し寄せてきて、料理本というより芸術書、というかもはや修養書の域だと思わずにはいられない。こういうものが至高という形容詞がふさわしいのかなと感じた。

八寸口取りの巻にある、聖夜という料理を見て度肝を抜かれた。
懐石料理にクリスマス??でも美しくてわくわくするような作品。
水平に腕を伸ばしたもみの木に、ひもを通したカラスミ、昆布、いぶした鮭、星形に抜かれたジャガイモなど括り付けてあり、どう見てもクリスマスツリーそのもの。文章には、リボンをつけたはさみで切り取ってくださいと記してあった。
私なんぞが簡単に察するのも憚られるけど、これが巨匠の遊び心なんだなあと勝手に感動してしまった。

さて、明日から社会復帰だ。