よくかんでたべること

そのままのみこまずに、ね。

ディスプレイの横に鏡を置いてからのつれづれ

私の顔は基本的に怒り顔である。もちろん、好きでそうなった訳ではない。幼い頃は母親からいつも「怒ってるの?うれしいの?」と気分を問われていて面倒くさかったし、中学のときは怒っていると誤解されて同級生から急に口をきいてもらえなくなったりもしたこともあった。とにかく覚えの無いことでトラブるのはまっぴらご免なので、波風立てぬためにできるだけ口角を上げたり目の周りの筋肉を柔らかく保つように心がけていた。

ところが、意識の及ばないところでは残念な感じだったようだ。昼休みに仕事のことを考えながら歩いていたが、顔が恐すぎて声をかけてもらえなかったことが何度かあったらしい。そしてとどめを刺したのがやはりうちの母親。最近彼女の前でも作業をする機会が増えたのだが、「すっごく怖い顔してるわよ!」と告げられた。

仕事をしているときの顔なんて気にしたこと無かったけど、母親から手渡された鏡には、確かに恐ろしく険しい表情の自分が写し出されて愕然とした。母親は、ディスプレイの横にも鏡を置いて表情を意識した方がいい、と言った。素直に従うことにした。

画面を凝視しながらの作業を終えてふと目をやるとそこには、うつろな目、眉間にしわ、ほうれい線くっきり、口への字がいる。うわあ、、、なんて顔しているんだ。。。慌てて人に会う表情に切り替える。これをしばらく繰り返していたところ、ちょっとした変化があった。

まずは、私にとっての険しくない表情とは、顔の筋肉に意識を張り巡らせることだとわかった。人と会った後は楽しいけどなんとなく疲れるのは、緊張して表情を作っているのも一因だったのだと改めて実感した。なぜならば、表情を意識したまま作業に没頭するのはけっこう疲れたからだ。まあ、作業中は無理に顔を作るより、気分を楽しく乗せて自ずと怖い顔をしなくなるようにするのが今後の課題。

次に、自分の顔をよく写真に収めるようになった。自分の顔に愛着が湧いてきたという変化が我ながら驚き、写真に残したいと思うようになった。本当はうまい人にきれいに撮ってもらえたらいいのだけど、残念ながら身近にいないので自分撮り。自分撮りをするようになったら、これまた思わぬ効果があった。自分の客観視はもちろん、人を撮るのも楽しくなってきたこと。

ディスプレイの横に鏡を置いたこと、割といいことづくめだったようだ。かあちゃんありがとね。